もし文鳥たちが人語を解するのなら、守らせたい最小限のルールがある。
餌入れにフンをしない、とか。
飲み水入れで水浴びをしない、とか。
止まり木や鳥カゴの網にフンをかけない、とか。
これだけ守ってくれれば、ずいぶんと世話も楽になるのだが、鳥は言葉が分からないから、当然のように小言を言っている最中でも構わず違反行為をする。
すなわち、食事の中にフンをするという非人道的所行で食料を無駄にし、小さな水飲み容器に頭を出し入れするのでカゴの床に水害を起こし、どうやって飛ばすのか思いがけない箇所を汚してこちらの手間を増やすのである。
あとは液晶画面やキーボードにフンをすること。
毎回、今やったら首を絞めるぞと血生臭い宣言をするが、粗相した時は待ったなしの惨状で飼い主は除去に追われ、本鳥どもは逃走して涼しい顔で処置を待つ。
そして少し首をかしげて見下ろしている…まるで下僕が掃除するのを眺めるように。
だから2羽の首はずっと安泰で、クレームは右から左へ聞き流して青菜をもらい米粒をもらい、水っぽいフンを垂れ流して一切の後悔もなく、朝、カゴの覆いを取った直後からまた寝て暮らす。
──生まれ変わったら、文鳥になろうかな。
と母に言ったことがある。
──いいわよ、頭を押さえつけたり、シッポでぶら下げたりしてあげるから。
たしかに。そのような蛮行も享受せねばなるまい。
それでも文鳥たちは言わず語らずに、人間を操作しているように思えてならない。
靴下を裏返して脱いだどうだ、の些細なことで同居人と喧嘩が始まる、とはよくある話だが、文鳥どもにそんな文句を言っても始まらぬので、ひたすら彼らの行動を見る。
ここに置いたらフンが落ちるとか、この角度ならクチバシも入るまいとか。
そのたびにえさ箱の配置を変え、止まり木を付け直し、なぜここまで面倒を見なければならないのか、腹が立つこともあるが、結局は自分がラクになる道だからと信じて、鳥カゴの前で日がな眺め過ごす。
だから人間同士の場合でも、言っても直らないものは直らないのであり、相手が文鳥だと思ってじっくり観察して誘因行動を探れば、大小に係わらず喧嘩が回避できる、と真理を得た。
文鳥の目は穏やかでいつも笑っているように見えるから、きっと毎日に満足しているに違いない。文句を言わず意のままに人間を動かして、時に哲学的に思考させる。ちょっと恐れ入っている。
